松戸について


今回『松戸』についての記事を…と言われたので題材の『松戸』を調べてみました。千葉県松戸市 は、日本の関東地方にあって、東京都の葛飾区(寅さんの「男はつらいよ」と漫画の「こち亀(こちら亀が丘交番派出所)」の②作品が有名な場所)と江戸川区に隣接しています。千葉県では市川市と流山市と鎌ヶ谷市と柏市(サッカーJリーグの柏レイソルの本拠地?)が隣接している松戸市です。
千葉県の西北部の市で東葛地域に入っています、2004年度の終わりまでは松戸市に東葛支庁があって隣接する市町村域の管轄していたそうです。
東葛支庁では、支庁のある松戸市、野田市・流山市・我孫市・浦安市・鎌ヶ谷市・市川市を2004年3月31日まで東葛支庁で統括していました。でも記事の題材を調べていると悲しい事に有名な場所や観光名所も少なく感じます、それでも人口は千葉県でも三番目に多くて、東京のベットタウンとして年々人口は増加傾向にありますが、微妙なところもあるようです。
近年は松戸市の景観計画にも入っているという聖徳10番館?松戸ビルディングは、商業的な施設として作られたのに空いたまま?で休業中の状態とか。
地元民もブログを調べていると辛口な評価をしていました。確かに東京都から帰ってくるとすぐに目に飛び込んでくる場所らしいからとか?余計に現状が悪いと評価を書いておられた地元民の方もいるくらいです。行政もこのままは…って、下手をしたら税金返せになりますから、行政もよく考えてとなりますよね。
ちなみにこの松戸市は、江戸の徳川幕府の当時には深い関わりがありました。徳川御三家(紀伊・水戸・尾張)の水戸藩のある水戸と江戸を結ぶ街道沿いにあって、人の行き来と魚などを運ぶ拠点としても栄えていました。幕府直轄の馬を育てるための放牧場や、将軍家の鹿狩り場としても利用されていた重点地域だったようです。日本で唯一江戸時代の徳川家の生活がわかる戸定邸があります。現在の市の市域になったのは明治時代くらいとか、それまでは下総国葛飾郡の一部をしめて西部は沖積平野周辺まで。東部は下総大地が広がっていました。
1943年に東葛飾郡の松戸町と高村村と馬橋村と合併して松戸市になっています。松戸の名前の由来は、日本の古代神話に登場するヤマトタケルが従者と待ち合わせした場所が松戸市の伝承(「待つ里」が「まつと」から「松戸」となったらしいと)されているとあります。もう一説は江戸川(旧名称太日川)の川べりの宿場町だったので渡し舟を「待つ里」から「まつど」に転じたとも言われているとありました。携帯で調べていると、歴史の残る場所松戸市のぶらり旅の案内が出ていたので見てみました。
行程としては3~4キロの範囲内ですが徒歩は…キツイと思う人もおられるという気遣いもあり、駅に立ち寄り途中休憩があります。スタートはJR小金駅から北口方面を経由して本土寺①から大谷口歴史公園②を周って、一度JR北小金駅の南口に戻ります。その後東 漸寺に③から玉屋④を周り根木内歴史公園⑤までん回ってJR小金駅に戻ってくるという約3.5キロ位の2~3時間行程だとありました。
お近くに行かれる時には、立ち寄ってみると歴史を感じてリフレッシュ出来る場所が松戸市かなと思いました。